数字は嘘をつきません。
しかし、数字を使って嘘をつく人は山のようにいます。
いわゆる「ぼったくりの金融商品」を買ってしまう人がいるのは、「数字を使った嘘」が世に溢れているからです。
例えば、数十万部を売り上げた「知らないと損する給与明細」(小学館)という本に、以下のような記載があります。
最近、よく「生命保険は掛け捨てにしろ」などということが言われていますが、実はそれは妥当ではありません。
(中略)
この論は、節税部分に対する考慮がすっぽり抜け落ちています。
年間8万円の保険に入って6,800円~1万800円節税できるなら、けっこう大きいはずです。
貯蓄性の生命保険に加入して、この6,800円を利息と考えれば、金融商品としてかなりいいものといえます。8万円払って6,800円の利息が付くのと同じですからね。計算すると、なんと8%以上の利率になるのです。
※太字は当ブログにて編集
これを読んで陥る典型的な勘違いが、次のようなものです。
■よくある勘違い
・税効果を合わせると8%以上の利回りがあるのか!
・ 貯金だと、どれだけ多く見積もっても0.1%の利息しかつかない。 S&P500の利回りでも5~7%だぞ。
・ リスクなしで8%の利回りなら、こんなにおいしい話はない。これは買いだ!
こうした悲しい勘違いにより、「ぼったくり商品」を買わされる人が増えていくわけです。
この記事では、この考えのどこが間違っているのかを詳しく説明していきます。
また、この嘘を見破ってくれる心強い味方である「IRR(内部収益率)」について、ご紹介します。
突然ですが、この世の中には「情報弱者から過大な利益を取るビジネス」というのが横行しています。情報商材など、明らかにそれと分かるものもあれば、巧妙に隠されたものもあります。貯蓄型保険は、まさに「巧妙に隠された情弱向け商品」の典型です。[…]
- 保険の節税効果は微々たるもの
- 正しい利回りはIRRで計算するべし
保険の節税効果とは
まずは、保険の節税効果について見ていきましょう。
そもそもですが、税金は我々の「所得」に対して〇%、という形で課されています。
例えば「住民税は所得の10%」、「所得税は所得の20%」といった具合です。
つまり、所得が大きければ支払う税金も多くなり、所得が小さければ税金も少なくなります。
「保険には節税効果がある」というのは、「保険に入ると所得を小さく見せられる」という意味です。
上限はありますが、「保険料として支払った分だけ、その年の所得が少なかった」ことにしてもらえる訳です。
- 所得が大きければ支払う税金も多くなり、所得が小さければ税金も少なくなる
- 保険に入ると、保険料の分だけ所得を小さく見せることができる = 節税効果(上限あり)
具体的な節税額は
さて、それでは具体的にいくら節税できるのでしょうか。
保険で節税されるのは、①住民税、②所得税の2つです。
- 住民税
保険に入ると、住民税については最大で2万8,000円の所得控除が受けられます。
「所得控除を受けられる」とは、つまり所得を2万8,000円分だけ小さく見せることができる、ということ。
住民税は、誰でもだいたい所得×10%かかります。
つまり、所得を2万8,000円小さくすることで、住民税を2万8,000円×10%=2,800円減らせることになります。
- 所得税
住民税とは違って、所得税は「たくさん稼いだ人から多く集める」仕組みになっています。
いわゆる累進課税制度と呼ばれるものです。
具体的な所得税率は、下表のとおり。
課税所得 | 所得税率 |
195万円~330万円 | 10% |
330万円~695万円 | 20% |
695万円~900万円 | 23% |
900万円~1,800万円 | 33% |
1,800万円~ | 40% |
このブログが対象としている「日系大手サラリーマン」の皆さまは、年次や会社によって20% or 23% or 33%のいずれかがかかっていることと思います。
ここでは、間を取って23%としましょう。
所得税の控除額は最大4万円ですので、4万円×23%=9,200円を節税することができます。
つまり最大で、住民税2,800円+所得税9,200円=12,000円を節税効果としてエンジョイできるということになります。
- 保険加入で節税できるのは、①住民税と②所得税の2つ。
- 住民税は最大2,800円、所得税は最大9,200円の節税が受けられる(※所得額により変動)
節税効果の悲しい勘違い
さて、ここから悲しい勘違いが始まっていきます。
具体例を交えながら見ていった方が分かりやすいことでしょう。
以下では、典型的な貯蓄型保険である「個人年金保険」について、住友生命の商品を例に見ていくこととします。
- 30歳から60歳まで、毎月15,000円の保険料を支払う(払込合計540万円)
- 65歳から75歳まで、毎年574,100円受け取る(受取合計574万円)
利回りの誤った算出方法
これから、節税効果を勘違いした人がどのような計算を行なうのか、頭の中をのぞいていきましょう。
念押ししますが、以下は間違った考えです。
ーーーーQuote <勘違いさんの頭の中> ーーーー
住友生命の個人年金保険は、30歳から65歳までに540万円を支払い、65歳から10年かけて574万円を受け取れるのか。
利回りは、574万円÷540万円だから、+6.3%。
一見悪くない数字に見えるが、騙されないぞ。
これはあくまで30歳から75歳までの45年間合計の利回りだから、年平均に直すと6.3%÷45年=0.14%。
保険自体の利回りは、たったの0.14%しかないということだ。
ただし、年間180,000円の保険料に対して12,000円の節税効果が得られるから、この分を考えると美味しいぞ。
節税効果分の利回りは、12,000÷180,000=6.7%。
しかも、これが毎年続いていく訳だ。
つまり、保険商品自体の利回り0.14%に、節税効果の利回り6.7%を足した6.84%がこの商品の正しい利回りだ。
この低金利の時代に、ノーリスクで6.84%の利回りが得られる商品など他にないぞ。
これは非常に美味しい商品だ!
ーーーーUnquote <勘違いさんの頭の中>ーーーー
これはまさに、冒頭の「知らないと損する給与明細」と同じ考え方です。
さて、これはどこが間違っているのでしょうか?
勘違いしているポイント
勘違いしているポイントは、大きく分けると3点です。
- 「元本に対して〇%」ではなく「入金額に対して〇%」と計算していること
- 複利ではなく単利で計算していること
- 「時間の価値」を計算に入れていないこと
1つずつ見ていきましょう。
① 「入金額に対して〇%」と計算している
一番大きな勘違いは、「元本総額に対して」ではなく「入金額に対して」の節税率を見ている、と言う点です。
身近な例として、住宅ローンの金利について思い出してみましょう。
「住宅ローンの金利が1%」という時、「借入総額に対して1%の金利が発生する」ということを意味しています。
住宅ローンを3,000万円を借りている人には、年間30万円(3,000万円×1%)の金利がかかります。
それなのに、「私は毎年200万円ずつローンの返済をしている。年間30万円の金利が発生するということは、30万円÷200万円=15%の金利を払っているということだ!」
などと言いだす人がいたら、さぞ奇怪な目でみられることでしょう。
「毎年支払っている保険料18万円に対して1.2万円の節税ができるので、6.7%の利回りがある」というのは、これと全く同じ主張です。
シンプルに、計算の母数を間違えています。
この4月に総合商社に入社した皆さま、ご就職おめでとうございます。この4月からも総合商社で勤め続けることを決めた皆さま、お疲れ様でございます。 さて、突然ですが皆さまは、持株会に入っているでしょうか。会社で生活してい[…]
② 単利で計算している
上記の勘違いさんは、「540万円の元本が45年後に574万円になるので、利回りは年平均で0.14%」と計算していました。
この計算には、「雪だるま式に増えていく」という複利効果が考慮されていません。
これが2つ目の大きな間違いです。
<Todo>単利と複利の違いについては別途記事化します。
③「時間の価値」を計算に入れていない
最後に、「時間の価値」が計算に入っていないことも大きな間違いです。
30歳の時に支払う10万円と、60歳の時に支払う10万円では、同じ10万円でも価値が異なります。
同様に、65歳の時に受け取る10万円と、75歳の時に受け取る10万円も価値が異なります。
いずれも、「早い時点のお金の方が価値が高い」はずですが、勘違いさんの計算では全く無視されています。
<Todo>現在価値・双極曲線については別途記事化します
資産運用系のブログには、ざっくりまとめると大体次のようなことが書かれています。 楽天証券かSBI証券で口座を開きましょう。 S&P500か全世界株式に連動する投資信託(またはETF)に積立投資しま[…]
正しい利回りは
先ほどの勘違いさんの計算が、大きく3つの点で間違っていることが分かりました。
- 元本総額ではなく、毎年の支払額を基準に計算していたこと
- 複利ではなく、単利で計算していたこと
- 「時間の価値」を計算に入れていなかったこと
それでは、これらの点に注意して正しい利回りを計算するには、どうすればいいでしょうか。
ここで出てくる心強い味方が、IRRです。
IRRとは
IRRとは、Internal Rate of Returnの略で、日本語では内部収益率と訳されています。
内部収益率とは、NPV (正味現在価値) がゼロとなるような割引率 (Discount Rate) のことを指します。
IRRの計算方法
IRRの計算方法は、下図の通りです。
実は、この数式でIRRを算出している人は誰もいません。
なぜなら、ExcelにIRR関数という非常に便利な機能が備わっているからです。
IRR関数を使う上で必要なものはたったの2つだけ。
- 対象となる期間(年ベース)
- 各年のキャッシュフロー(出ていくお金はマイナス、入ってくるお金はプラス)
これさえ分かっていれば、IRRはすぐに算出できてしまいます。
例として、以下の3つの金融商品のIRRを計算してみましょう。
- 1年目に90万円を投資すると、10年目に140万円になる商品
- 1年目~9年目までに10万円ずつ(合計90万円)投資すると、10年目に140万円になる商品
- 1年目~9年目までに10万円ずつ(合計90万円)投資すると、10年目に120万円になる商品
商品②が一番優れた商品であることはパッと見で分かります。
①と比べると、投資するタイミングが遅くてもよいので時間的な価値をエンジョイできています。
また、③と比べると投資タイミング・額は全く同じですが、10年目に得られるリターンが多くなっています。
しかし、①と③がどちらが優れているのかは、よく分かりません。
①は90万円の投資が140万円に増えていますが、一方で③は時間的な価値がエンジョイできています。
そこで、IRRを算出して比較してみましょう。
IRR関数は非常にシンプルで、範囲を指定するだけで算出することができます。
IRR(=複利の利回り)を算出した結果、②8.7%>③5.7%>①5.0%の順にお得であることが分かりました。
このように、IRRを用いれば、投資タイミングや投資期間、リターンのタイミングなどが異なる商品であっても、同じ指標の下で比較することができます。
個人年金保険の正しい利回りは
それでは、改めて住友生命の個人年金保険の正しい利回り(IRR)を計算してみましょう。
この保険のキャッシュフローは以下の通りです。
- 30歳から60歳まで、毎月15,000円の保険料を支払う(払込合計540万円)
- 65歳から75歳まで、毎年574,100円受け取る(受取合計574万円)
さて、これをExcelに表として起こし、IRR関数で範囲を指定してみます。
勘違いさんが6.84%あると思っていた利回りは、実際には0.77%しかないことが分かりました。
45年と言う超長期の投資商品の利回り(IRR)が、たったの0.77%。
恐らくインフレを考慮した実質価値ではマイナスになるでしょう。
しかも、長期に渡って資金がロックされるという流動性の問題も生じます。
資産運用系のブログには、ざっくりまとめると大体次のようなことが書かれています。 楽天証券かSBI証券で口座を開きましょう。 S&P500か全世界株式に連動する投資信託(またはETF)に積立投資しま[…]
IRRを用いることで、個人年金保険がまったく「美味しい商品」などではないことがよく分かりました。
保険の販売員は、IRRを絶対に説明しない。
このように、正しい利回りを知るためにはIRRを計算しなければなりません。
しかし、保険の販売員が、正しい利回り(IRR)を話すことはありません。
「美味しい商品ではない」ことがバレてしまうからです。
「IRR 0.77%の商品ですよ」ではなく、「変捩率106.3%の商品ですよ」、と言います。
「IRR 0.77%の商品ですよ」ではなく、「節税効果が毎年6.7%あります」、と言います。
数字は嘘をつきません。
しかし、数字を使って嘘をつく人はこの世にたくさんいます。
嘘を見破るには、こちら側が知識で武装するしかありません。
さいごに
いかがでしたでしょうか。
美味しくない金融商品ほど、数字のお化粧を施されています。
単利で示されていたり、母数を取り違えていたり、時間的価値をわざと抜いていたり。
IRRは、そんなお化粧をきれいさっぱり剥がし、すっぴんでの比較を可能にしてくれます。
お時間ある方は、以下の記事も合わせてお読みください。
数字の嘘に騙されずに、合理的な判断を下す一助となれば幸いです。
突然ですが、この世の中には「情報弱者から過大な利益を取るビジネス」というのが横行しています。情報商材など、明らかにそれと分かるものもあれば、巧妙に隠されたものもあります。貯蓄型保険は、まさに「巧妙に隠された情弱向け商品」の典型です。[…]
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