この4月に総合商社に入社した皆さま、ご就職おめでとうございます。
この4月からも総合商社で勤め続けることを決めた皆さま、お疲れ様でございます。
さて、突然ですが皆さまは、持株会に入っているでしょうか。
会社で生活していると、「持株会に入らないと損」と言ってくる先輩社員が大勢いることでしょう。
私はこれまでの記事で、「持株会は短期で入るならアリだが、長期の資産形成に向かない」と繰り返し主張してきました。
多くの日系大手企業には、福利厚生の一環として「従業員持株会」があります。10%程度の奨励金がつくケースも多いため、積立投資をしている人もいらっしゃるのではないでしょうか。 しかし、持株会は本当にお得なのでしょうか?[…]
しかし、このような一般論ではなかなか理解して貰い辛いのもまた事実。
そこで思い切って、一般論ではなく具体的な1社をピックアップして説明してみることにしました。
今回選んだのは、「石橋を叩いても渡らない」で有名な住友商事。
この記事では、「住友商事の持株会に入るべきか」という具体例に落とし込んで説明していきたいと思います。
もちろん、住友商事の社員ではない方にも、基本的な考え方は参考になると思います。
- 持株会よりインデックス投資の方が有利
- 持株会を活用するなら、短期で売却すること
住友商事の株価
それでは早速、住友商事の株価とインデックス銘柄を比較していきます。
今回は、インデックス銘柄としてS&P500をピックアップしています。
さて、株価を見ていく前に、リターン比較には配当の情報が必要です。
Webを探し回ると、96年度の住友商事の1株当たり配当まで遡ることができました。
ということで、この記事では96年4月から20年6月(記事執筆時点)までの株価推移・利回りを追うことにします。
さて、96年4月以降の住友商事の株価推移は以下の通りです。
ITバブル崩壊やリーマンショック、足元ではコロナショック等による下落が見て伺えます。
一方、比較対象となるS&P500(円建て)の値動きはこちら。
期間は住友商事と同様、1996年4月から2020年6月までです。
住友商事の株価とS&P500は金額感が大きく異なります。
視覚的に分かりやすく比較するために、96年4月時点の価格を100とする相対グラフで表したものが以下です。
住友商事の株価が96年4月の水準からほとんど上昇していないのに対し、S&P500は4倍~5倍へと大きく値上がりしています。
これを見て「S&P500の圧勝」と勘違いしてしまいそうになりますが、ドルコスト平均法で積み立てる場合には株価の大小はあまり意味を持ちません。
むしろ、株価が低迷しているときは、購入する株式数が増えるため、プラスに働きます。
ちなみに、「投資は何が何でもドルコスト平均法!」と考えている方は以下の記事も合わせてお読みください。
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突然ですが、我々はみな強力な呪いにかかっています。その名も「ドルコスト平均法の呪い」。 何しろ、我々の周りには「ドルコスト平均法がいかに優れているか」という情報が溢れていますので、無理もありません。 […]
さて、とはいえ持株会は基本的に毎月の給与から一定額を積み立てる仕組みになっていますので、以下ではドルコスト平均法で積み立てた時の比較をしていきます。
住友商事の持株会とS&P500のリターン比較
以下では、住友商事の持株会とS&P500に、毎月3万円ずつを投資した場合のリターンを比較していきましょう。
前提はそれぞれ以下の通り。
- 住友商事の持株会
・ 毎月4月に配当受領(3月末時点の株式数を基準)。配当は全額再投資
・ 配当には20%の税コストが発生
・ 単元株や証券口座への移行期間は考慮しない
- S&P500
上記の前提で96年4月から20年6月まで毎月3万円の投資を行なった場合、リターンはそれぞれ以下の通りとなります。
図の通り、ドルコスト平均法による積立投資の場合であっても、S&P500に軍配が上がりました。
これで「S&P500の方が持株会よりもお得!」となれば話はシンプルなのですが、そういう訳にはいきません。
あまりにも一面を切り取った比較となってしまっているからです。
本当に正しく比較できているか?
先ほどのシンプルな比較には、以下の疑問が浮かび上がります。
疑問① | 96年入社が特別なだけでは
96年4月からの積立投資としましたが、当然「96年入社以外は?」という疑問が上がります。
ということで、1996年入社から2020年入社までの25世代が、それぞれの入社から2020年6月まで、毎月3万円を積み立てた場合のリターンを比較します。
絶対額だと図が見にくくなるため、利回り(%)での比較とします。
この図から、どの年次であってもS&P500に投資をしていた方が得だったことが分かります。
ところが、足元の相場足元で住友商事がS&P500よりもコロナ相場の悪影響を受けてしまっているためこのような結果となっています。
疑問② | コロナ相場の影響を受けているからでは
20年6月時点では、まだまだコロナ相場の渦中です。
比較指標としてこの時点での評価額を使うべきではない、という批判は当然あり得ます。
それでは、たまたま20年6月時点を取ったために、住友商事の持株会はS&P500に敗北しているのでしょうか。
コロナ相場の影響を排除するために、20年1月時点の株価で比較してみます。
※いわゆるコロナショックは、20年2月後半に発生しています。
先ほどと同様、1996年入社から2020年入社までの25世代が、それぞれの入社から2020年6月まで、毎月3万円を積み立てた場合を想定しています。
コロナ相場の影響を受けていない時期であっても、全ての年次においてS&P500に投資していた方が得だったことが分かります。
疑問③ | そもそも一時点の評価額で比べるのがおかしい
20年6月だろうと20年1月だろうと、一時点の評価額で比較するのではなく、経年で比較すべきとの批判です。
これは基本的ですが、極めて強力な批判です。
疑問①が始点を固定すべきでないという批判だとすれば、この疑問③は終点を固定すべきではない、という批判と言えるでしょう。
例えば先ほどの96年4月から積み立てていた例だと、20年6月や20年1月時点ではたまたまS&P500に軍配が上がりました.
しかし、以下の図を見てみると、むしろ持株会が勝っている期間の方が長いようにも見えます。
(「見えます」というか、事実その通りです。96年4月から20年6月までの291ヶ月中、持株会のリターンが上回っていたのは177ヶ月と、実に6割を超えます。)
さて、1996年入社の場合は上述の通りですが、他の年次も合わせて比較するとどうなるでしょうか。
この疑問にシンプルな回答を用意するのは骨が折れるのですが、以下の指標で検証してみます。
- 各年次ごとに、評価額が持株会>S&P500となっている月数をカウント
- 各年次ごとの持株会の勝率(勝利月数/TTL月数)を算出
上述の検証方法の結果は、以下の通りです。
さて、この中身を丁寧に見ていくと、持株会が勝っている月には、株価暴落時が相当数含まれています。
どういうことかというと、ITバブル崩壊やリーマンショック時などの世界的な株価暴落時には、S&P500も住友商事の株式も大暴落しました。
ところが、住友商事株の暴落幅の方がS&P500よりも若干マシだったため、見かけ上は持株会が勝っている月が結構あるのです。
たしかにこれらの月も持株会>S&P500には違いないのですが、この時には持株会の資産は大きく元本割れしています。
いくらS&P500に勝っている月だからと言って、株価が暴落して元本割れしているときに現金化しようという人はいないでしょう。
この「見かけ上の勝利月」を計測から排除すると、以下の通りとなります。
持株会の勝率は50%。裏を返せばS&P500の勝率も50%ですので、トントンということになります。
1996年の「銅事件」と、2000年のITバブル崩壊による株価暴落を両方経験しており、株式の取得価額が相当押し下げられているためです。
とはいえ、言い出すとキリがないので、以下ではこの点には目をつぶって議論を進めます。
さて、「トントンなんだから持株会でもいいじゃないか」と言われそうですが、持株会の株式は最適なタイミングで売却することができないということを認識しておきましょう。
- 自社株式を売却するには、インサイダー関連の手続きで数か月かかる
- そもそも、資産運用の素人である我々に「いいタイミング」で利確する才覚が無い
1点目について、自分が勤める会社の株式は自由に売却することはできません。
インサイダー情報を持っていないことを証明する手続きなどに時間がかかり、「今だ!」と思ってから数か月経たないと売却できません。
重要プロジェクトなどにアサインされている場合、数年に渡って株式を売却できないということもザラにあります。
疑問④ | 96年よりも遡って長期的に検証すべきでは
この批判はまさにその通りで、できることなら可能な限り長期で比較するのが好ましいです。
が、ネットには96年より前の「1株当たり配当金」の情報が無く、残念ながら諦めざるを得ませんでした。
「配当無し」、あるいは「1株当たり8円」という想定を置いて検証することも考えましたが、仮定の数字にあまり意味を見出せなかったため、今回は見送っています。
どうやら国会図書館に行けば96年より前の有価証券報告書を確認できるようなので、気が向いたら確認してこようと思います。
疑問⑤ | 住友商事が高配当方針に舵を切った後の株価で比較すべきでは
- 今後も高配当方針が続くかは分からない
- 増配戦略後の方が必ずしもリターンが良いわけではない
個別株の怖いところですが、配当方針がいつ変わるか誰にも分かりません。
「高配当株式だからお得!」という考えの方を否定するつもりはありませんが、ボラティリティの高さはしっかり認識しておきましょう。
来年から急に高配当ではなくなる可能性も十分にあります。
疑問⑥ | 住友商事が特殊なのでは?
この批判ももっともなところで、各社によって事情はまったく異なります。
全ての会社を検証するわけにはいきませんが、5大商社と各業界のトップ1社ぐらいは検証してみようと思います。
実はこの記事で住友商事を選んだ裏事情としては、株価を見た感じだと、三菱商事・伊藤忠商事・三井物産あたりはひょっとしたらS&P500に勝ちそうな株価の動きをしていたからです。
主張と実態がちぐはぐになり、混乱を招くことが予想されたため、あえて住友商事をピックアップしました。
さて、ここで誤解しないでいただきたいのですが、ある特定の会社の株式利回りがS&P500を上回ることは当然あります。
問題は、以下の点です。
- 我々には、「自分の会社がその”特定の会社”なのか」を見極める能力が無いこと
- 過去にS&P500を上回っていたからといって、これからも上回るかは全く分からないこと
S&P500はこれからも上下を繰り返しながら、数十年の長期スパンで見れば、年平均5~7%で成長していくことでしょう。
しかし、自分の会社の持株会が、長期でこのリターンを上回るかはまったく想像ができません。
大幅に上回るかもしれませんし、または全くの逆かもしれません。
つまり、「持株会によりS&P500以上のリターンを得られる」という主張には、「誰がやっても同じ結果になる」という再現性がありません。
再現性が無いのだから、卵を同じ籠に盛るような真似はせず、資産を大人しくインデックスに振り分けておきましょう、というのが私の主張です。
持株会に入らない方が良い?
さて、これまで「持株会ではなく、大人しくS&P500に投資しましょう」というスタンスで論を進めてきました。
それでは、持株会に入る価値は全くないのでしょうか?
そんなことはありません。
冒頭に申し上げた通り、持株会は短期的にはS&Pを大幅に上回る凄まじい利回りを誇ります。
長期的には対象株の利回りに収斂していきますが、短期的には奨励金10%の影響が強く作用するため、とんでもなく高いリターンを叩き出します。
さて、この特性を考慮すると、最適な戦略は以下となります。
- 持株会に限度額まで拠出
- 単元株になったら即座に売却
- 売却した資金でS&P500を購入
例えば、96年4月入社の住友商事社員が、この戦略に従って投資を行なった場合のリターンを図示すると以下の通りとなります。
※売却時に20%の税コストを支払うことを織り込んでいます。また、売却は即座に行えるものとして計算します。
少し見づらいですが、S&P500の成績を常に若干上回っていることが分かると思います。
20年6月時点のワンショットを切り出すと、リターンは以下になります。
S&P500よりも、8%ほど利益が良くなるだろうという感覚値と、ほぼ整合します。
※10%の奨励金×(1 – 税コスト20%)
短期売却戦略の最大の欠点
さて、「持株会を短期売却した資金でS&P500を買う」という戦略を取ると、普通にS&P500を買った場合と比べ、任意の時点での評価額が約8%アップします。
しかし、この戦略には1つだけ大きな欠点があります。
それは、「単元株になったら即座に売却しなければならない」ということ。
コロナショックの渦中であろうが、どんなに大きな含み損を抱えていようが、鉄の心で機械的に売却しなければなりません。
「もう少し株価が戻ったら売却しよう」とか、「最近は株価の調子がいいからもう少しホールドしてみよう」などと考え始めた瞬間に、この戦略は崩壊します。
簡単なようでいて、実はものすごく困難なことだと思います。
さいごに
いかがでしたでしょうか。
最後に結論をもう一度まとめておきます。
- 持株会ではなく、S&P500などのインデックス投信を買い付ける方がよい
- 持株会をどうしても活用するなら、鉄の心をもって短期で売却すること
今回はたまたま住友商事をピックアップしましたが、あらゆる持株会について同じことが言えます。
繰り返しますが、「持株会」というのは「個別株への投資」に他なりません。
しかも、「持株会」では自分の収入と資産を1つの会社に委ねていることになります。
もしあなたが自分の資産を見直してみて、「貯金」と「持株会」しか持っていないとしたら、自分の会社に人生をフルベットしているようなものです。
私には怖くてとてもできません。
この記事が、皆さまの資産形成の一助となれば幸いです。
興味のある方は、以下もぜひお読みください。
なぜリスクの高い持株会に入る人が多いのかを考察しています。
昔は商社マンと言えば派手な遊び人も多く、銀座や六本木で散財しているイメージもあったと思います。一方、最近では堅実な人も増えており、比較的高い給与・ボーナスを貯金のまま置いておくのはもったいない、と考えている人も多いのではないでしょうか。[…]